北ア南部 硫黄岳(2553.6m) 2014年9月13〜15日  カウント:画像読み出し不能

所要時間

9/13 5:20 中尾駐車スペース−−6:00 新穂高温泉−−7:37 白出沢−−8:21 チビ谷−−8:42 滝谷−−9:13 南沢(休憩) 9:42−−9:59 槍平小屋−−12:03 千丈沢乗越(休憩) 12:35−−13:38 六ノ沢出合−−15:20 標高1690m(幕営)

9/14 6:24 幕営地−−8:22 眼鏡を紛失(捜索) 8:30−−9:25 標高2450m肩(冬ルートに合流)−−9:49 硫黄岳(休憩) 10:51−−12:23 幕営地(休憩) 13:35−−15:24 六ノ沢出合(幕営)

9/15 5:26 六ノ沢出合−−7:30 千丈沢乗越(休憩) 8:05−−9:11 槍平小屋−−9:41 滝谷−−10:26 白出沢(休憩) 11:10−−12:13 新穂高温泉−−12:47 中尾駐車スペース

場所長野県大町市
年月日2014年9月13〜15日 2泊3日幕営
天候概ね晴れ
山行種類一般登山+沢歩き+籔山
交通手段マイカー
駐車場通常は新穂高の深山荘近くの無料駐車場を利用するが、秋の好天の3連休で前日金曜夜に駐車場が満杯、鍋平駐車場も満杯、中尾駐車場も満杯で、中尾西側のトンネル開通前の旧道の駐車余地に駐車。なお、新穂高温泉付近の県道路側は縦列駐車が凄かったが、そこは駐車禁止であり帰りには駐車違反のステッカーが貼られていた
登山道の有無千丈沢乗越までは一般登山道あり。千丈沢及び硫黄岳は登山道無し
籔の有無千丈沢は全体の1割くらいが左岸の高巻きで笹籔漕ぎ。硫黄岳は下部は笹藪、標高2350m以上はやっかいなハイマツ籔
危険個所の有無硫黄岳は下部を除いて超急傾斜で、木や笹が生えているが転落したら停止しない可能性大。露岩は登場しても迂回可能。超急傾斜の微小尾根なので下りでは尾根の判別が困難で、GPSに頼るか大量の目印を登りで残さないと往路を正確にトレースすることは不可能
山頂の展望360度の大展望
GPSトラックログ
(GPX形式)
ここをクリックしてダウンロード。千丈沢乗越〜硫黄岳間
コメント先人の情報を元にまさかの無雪期登頂に挑戦し成功! 残雪期より格段にリスクは低いと思うが通常ではあり得ない傾斜の尾根を登り下りする必要があり、植生があってもビビる場面が多い。尾根上に露岩が登場しても巻いたり隣の尾根に乗り移ってクリアし、岩登りは一切やらずに済んだ。でもあまりに傾斜がきついので下りのためにロープを持った方がいいと思う。下部は笹藪だが大したことはないが、上部の立ったハイマツ籔でかなり疲れた。山頂には明瞭な踏跡あり。低いハイマツなので展望良好だが日陰がなく暑かった!

千丈沢は標高1900m付近までは水量少なく渡渉容易だが、それ以下では水量が増えて流れが強く登山靴を履いたままでの渡渉困難で数か所高巻きして左岸を歩きとおした。滝は無い


全体のルート図(クリックで等倍表示)
千丈沢〜硫黄岳間ルート図
千丈沢乗越〜硫黄岳間ルート断面


無雪期硫黄岳登頂記録のリンク(2016年9月現在) 全ての記録は千丈沢〜硫黄岳東尾根往復
森を訪ねて 2013年9月20〜21日 私が参考にした記録。ネット上の記録では(おそらく実際にも)
初の硫黄岳無雪期登山だろう
「ずく」出せ  税理士のひとりごと 2015年9月 私が登った後の最初の記録
超スローでやっと硫黄岳(ヤマレコ) 2015年09月19日(土) 〜 2015年09月24日(木) もしかしたら上記記録とほぼ同一日かもしれない。写真多い
ヤマレコ 2015年9月? ヤマレコへのログインが必要=会員登録が必要(無料)
やまゆき会の交流掲示板 2015年10/9(金)〜10/10(土)
山へ残した足跡 2016年8月
千丈沢から硫黄岳(ヤマレコ) 2016年08月11日(木) 〜 2016年08月14日(日)


中尾旧道の縦列駐車。ここは駐車OK 鍋平分岐駐車余地
鍋平に上がる道も縦列駐車の列 深山荘入口までいっぱい
県道はスノーシェッド内まで縦列駐車(駐車禁止) ロープウェイ駅付近まで縦列駐車(駐車禁止)
久しぶりの右俣林道 林道ショートカットコースがいくつかある
穂高平小屋 穂高平小屋から見た蒲田富士
白出沢。砂防工事中 白出沢を渡る橋
チビ谷 滝谷
南沢で休憩 槍平小屋
槍平小屋のテント場。まだ少ない
最終水場 飛騨沢を登る
飛騨沢/千丈沢乗越分岐から見たカール
騨沢/千丈沢乗越分岐の救急箱 千丈沢乗越へ向かう
中崎尾根分岐 もう少しで千丈沢乗越
千丈沢乗越。槍ヶ岳方向を見ている 千丈沢乗越から双六方向
千丈沢乗越から見た硫黄尾根。硫黄岳は穏やかそうに見えるが赤岳は壮絶
広い千丈沢を下る 最初だけケルンあり
熊の糞。2箇所で見た 草の上が石が安定
ザックカバー? 色あせたエアリアマップ
オーバーミトン なぜか便所スリッパ
槍を頭上に見上げる 谷が狭まり傾斜がきつくなる
僅かに残る雪渓 再び広い谷に変わる
赤岳岩峰群
雷鳥4羽を目撃 右岸側で1箇所水が出ていた
傾斜が緩み谷が狭くなる 頼りないくらい狭い
六ノ谷出合で流れに合流 高巻き個所
ここも高巻き 高巻きの藪は主に笹
岸をへつる場所 最後の高巻き中
標高1700m付近の流れ。簡単には渡れない 小さな「白糸の滝」
硫黄岳から東に落ちる顕著な谷 ここが初日の宿
テント設営後 谷間でGPSが捕捉完了しない
適当に斜面に取り付く 笹藪だがそれほど濃くない
どこも同じような笹 傾斜が凄くなってきて左に逃げる
一つ左の尾根に乗る 右手に明るい笹原
たまに潅木藪 岩は無いが(あっても迂回可)猛烈な傾斜
巨岩は左を巻いて左隣の尾根へ移動 隣の尾根。傾斜は相変わらずきつい
移動してきた尾根の巨岩 開けた小鞍部から見上げる。まだ強烈な傾斜が続く
北鎌尾根 槍の穂先に人がいる
切口が平らな木が数箇所 ナタ目?
なおも登る 唐松中心に変わる
南斜面はガレだが尾根上は安全 2つ目の小鞍部
千丈沢 木が低くなってきた
南にある2320m小ピーク 標高2350mでハイマツ帯に突入
急傾斜帯はハイマツが低く助かる 尾根に出ると立ったハイマツで苦労する
冬ルート合流 しかし山頂方向は立ったハイマツの歓迎!
山頂方向。できるだけ草付きを利用 山頂まであと122m
ハイマツと草付きの境界を登る 再びハイマツ漕ぎ
山頂までもう少し 硫黄岳山頂
ちょっと苦労したが三角点発見 硫黄岳から見た北鎌尾根
硫黄岳から見た360度パノラマ展望(クリックで拡大)
硫黄岳から見た北鎌独標 硫黄岳から見た槍ヶ岳
硫黄岳から見た鷲羽岳。写真では山頂の人間も識別できた 硫黄岳から見た野口五郎岳
硫黄岳から見た水晶岳 硫黄岳から見た三俣山荘
槍ヶ岳周辺を長時間ヘリが飛んでいた 硫黄岳から見た硫黄尾根北部
下山開始。ハイマツがきつい 冬ルートを離れる
着地すべき尾根が見えるので安心 まだヘリがいる
ハイマツ地獄を抜ける ここで左の尾根に乗り換え
笹原の谷トラバースに念のためロープを使った 今回の目印。紙テープ
しばし急だが歩きやすい尾根 露岩は右を巻く
往路でも見た笹原 クライミングの斜度
笹が増えると安全地帯 もう少しで河原
無事テント裏に出た テント前の流れ
六ノ沢出合から本流方向 2日目の宿
六ノ沢出合から見た槍ヶ岳 六ノ沢出合から見た千丈沢乗越
北鎌尾根で遭難救助 不気味な朝焼け
涸れた谷を登り始める 谷が広がる
右岸の草付き 右岸から真中へ移動
ガレガレで歩きにくい 赤岳が目の高さ
雪渓も朝は溶けていない 急な登り。右の谷に入る
再び谷が広くなる 硫黄岳が低くなった
最後の登り 千丈沢乗越
千丈沢乗越から見たパノラマ展望(クリックで拡大)
千丈沢乗越から見た裏銀座〜後立山(クリックで拡大)
千丈沢乗越から見た槍ヶ岳
千丈沢乗越から見た大木場ノ辻〜笠ヶ岳
千丈沢乗越から見た後立山
千丈沢乗越から見た奥穂高岳〜西穂高岳 千丈沢乗越から見た乗鞍岳
千丈沢乗越から見た薬師岳 千丈沢乗越から見た妙高、火打
飛騨沢を下る登山者の列 飛騨沢と中崎尾根
千丈沢乗越西側ピークから見たパノラマ展望(クリックで拡大)
千丈沢乗越西側ピークから見た鏡平 千丈沢乗越西側ピークから見た立山
槍の穂先と小槍 ガスってきたので出発
飛騨沢へ下る 最終水場
槍平テント場 槍平小屋
滝谷 滝谷の雪渓と滝
チビ谷 涸沢岳西尾根入口
工事中の白出沢 林道終点で休憩
穂高平 下りの自転車は楽そうだ
ゲート 新穂高までもう少し
新穂高ロープウェイ 新穂高温泉バス停
県道縦列駐車はバイクもNG 中尾駐車場はまだ満杯
中尾旧道の車はかなり減っていた


 北アルプス硫黄尾根の硫黄岳。標高2000mを超えるバリエーションルートの山の中でも趣の少し異なる山。岩山のような藪山のような・・・。ロッククライミングの点から見れば大した難易度ではないらしいが、深い藪を避けられる雪のある時期は痩せた雪稜に雪の付いた急斜面で滑れば即あの世行き。滑らない技術も必要だろうが、何よりも度胸が必要だろう。私にはそこまでの度胸は無い。今までにも残雪期で滑ればあの世行きの場面はいくつも遭遇しているが、それは短距離の話である。冬季ルートに使われる硫黄尾根はそんな生易しい場所ではない。kumo氏の話やDJFの記録からもそれはよく分かった。だからここは一生登れなくてもいいやと半ば諦めていた場所であった。

 ところが、世の中には常識を外れた行動で山頂を攻める人がいる。じつはkumo氏も以前、無雪期硫黄岳登頂を狙って硫黄尾根を歩いたことがあるのだが、途中でザレた場所がありザイルで安全確保しないと恐ろしくてアタックできずに撤退した経験を持つ。あのkumo氏が恐怖心を抱くような場面なので並大抵の場所ではないだろう。たぶん雪がある時期はザレを雪が覆って安全に通過できるのだろう。この話を本人から聞いて以来、私の力量では無雪期硫黄岳登頂は不可能と考えていた。

 ところがである。私も月に数回閲覧しているHPに「森を訪ねて」(http://visitbeech.web.fc2.com/index.html)があり、この人は私やDJFよりも無雪期藪山に関しては上手なのだ。硫黄尾根赤岳さえ無雪期に登頂成功している兵だ。他にも興味をそそられる山を無雪期にいくつも登っており、私が残雪期を狙っていた山も無雪期に登っている。そして昨年秋、硫黄岳も無雪期登頂を果たした(http://visitbeech.web.fc2.com/record_2013/0920iou/record.html)。正確には無雪期硫黄岳に登ったのはそれが2回目だそうで、記録を公表したのが今回が初めてらしい。このHPの記録は非常に簡易なもので詳細は不明だが、岩が登場せずザイルは不要らしいこと、藪は思ったより深く無さそうであること、取り付きは硫黄岳東斜面であることは読取れた。このルートなら私でも行ける可能性があると感じた。

 ただし、あまりにも情報が少なく、千丈沢乗越から尾根取り付きまでは千丈沢を下るが、その険しさについての記述は皆無。渡渉無しで行けるのか、それともそれなりの沢登りの装備が必要なのか分からない。地形図を見る限り、水線が出てからかなり下流まで下るので、取り付き点付近ではかなりの水量が予想された。たぶん渡れる水量ではないだろう。また、危険個所の記述がないとは言え、この人は無雪期赤岳登頂を成功させる岩の技術を持つ。この人の危険度の感じ方と私の感じ方には大きな隔たりがあって当然だろう。本当に私に登れるのかは現場に行ってみないとわからない。

 地形図を見ると東尾根は確かに尾根上にあからさまな崖マークは無いが、樹林で隠れて見えない小さな露岩はあって当然だろう。また、南斜面のガレが尾根直上まで達しているかもしれない。そもそも、ガレはなくても登る斜面の等高線の間隔は尋常な密度ではなく、私が登った斜面の中でも間違いなくトップクラスの急斜面だろう。たぶん部分的にはクライミングの範疇に入りそうな傾斜もあるだろう。

 これらのリスクを考慮すると、私が成功する確率はせいぜい2,3割と踏んだ。たぶん途中で撤退となって偵察と割り切るか、2度と硫黄岳に挑戦することはないかのどちらかであろう。ただ、残雪期登頂よりはリスクは確実に低そうなので挑戦する価値はある。これぞ藪屋の腕の見せ所だろう。

 このHPの著者は恐ろしいことに新穂高温泉から1泊2日で山頂を往復しているが(硫黄岳山頂で幕営)、常識的に考えれば相当無理がある行程で私の場合は2泊3日で考えた。初日に新穂高から千丈沢乗越を越えて千丈沢を下って尾根取り付きで幕営。翌日、軽装で硫黄岳を往復、標高差は約860mなので藪が深くても1日で往復可能と判断した。2日目は体力の残存次第でそのまま尾根取り付きで幕営してもいいし、余裕があれば千丈沢を遡上して水が得られる最後の場所まで上がっておくのもいいだろう。最終日に千丈沢乗越に登り返して新穂高に下山。これなら無理がない計画だ。それに2日目は硫黄岳アタックに丸1日費やせるので、何かあっても明るいうちに切り抜けられる可能性が高い。

 装備だが、最近はめっきり秋らしい気温になったので山は寒いだろうと冬用シュラフを担ぐことにする。防寒具も真冬ほどではないが多めに詰め込む。沢装備は悩んだが沢を渡渉できるように濡れてもいい靴を準備した。ロープは15mを1本。これでクリアできない場面が出てきたら撤退だ。

 実行は好天が予想された敬老の日の3連休。ただし、起点が新穂高温泉なので駐車場確保が最大の問題。いつものように前夜に入るのだがどれくらい駐車場に空きがあるのか分からない。できれば連休前日の金曜日に休みを確保して実行したかったが仕事の都合でそうもいかなかった。

 金曜日に仕事を終えて急いで出発。高速料金は深夜の時間帯に掛からないので高くなるがしょうがない。松本ICで降りて安房トンネルを抜けて新穂高温泉、深山荘奥の無料駐車場入口にPM11:00過ぎに到着したが既に満車で車止めが・・・。深夜にもかかわらず警備員がいて、実際に満車で車を置けない状況だとのこと。鍋平の駐車場も満杯で中尾の駐車場を薦められたが、あそこは狭いからもう置けないと思った。

 県道に出て中尾目指して下り、スノーシェッド入口の鍋平分岐の狭い駐車余地も満杯、翌朝には鍋平に上がる道にはずらっと縦列駐車の列ができていたがこの時点ではまだ無かった。しかしここに車を置くとすれ違い不可能になるので私には置く度胸は無かった。それ以降は中尾まで車を置ける場所は無く、橋の手前、ヘリポート横の駐車場も既に満杯。残る手段は中尾の西側にできたトンネルが開通する前の旧道に場所を求めること。橋を渡って少し上がった場所に数台分の駐車余地を発見、ここなら迷惑はかからない。周囲には車は皆無だったが、翌朝起きたら駐車余地は満杯で路側には縦列駐車の列ができていた。橋の上にも列が(橋の上は駐車禁止だった)。好天の3連休初日の新穂高温泉は予想以上に凄い状況だった。

 計画外だが中尾から新穂高温泉までの歩きが加わる。既に出発して道端を歩いている登山者も多く列に加わる。私の装備が重いからだろうか、最初から他の登山者に追い越される。どうせ今日は千丈沢を下るまでなので、時間的に余裕があるので自分のペースでのんびり歩く。

 新穂高温泉付近は県道路側にずらっと縦列駐車の列ができていた。ロープウェイ駅前からスノーシェッド内部までだから100台は超えていただろう。これって反則技じゃないの?と思ったが、下山後に見たら駐車禁止の黄色いステッカーが貼られていた。やはり県道は駐車禁止であった。中尾から歩いた甲斐があった。小市民でよかった。

 ロープウェイ駅を過ぎて車止めのチェーンが掛かった右俣林道に突入。何人もの登山者が歩いている。林道でもたくさんの登山者に追い越された。条件がいい林道歩きでは私の強みは生きないらしい。林道をショートカットできる場所は全て利用、最後は距離が長く穂高平小屋に出た。ここからは富士山型に尖った蒲田富士が見られる。

 なおも林道を歩いて林道終点が白出沢。砂防工事中で登山者休憩用のテントの下にテーブルとベンチがありトイレ、水場、ごみ箱まであったのには驚いた。帰りの敬老の日には重機が動いていたので、工事は土日祝日も行われているようだ。ここを通ったのはずいぶん前だが、沢の様子は大きく変わっていた。工事が進むと立派な橋ができそうな勢いだ。

 白出沢を超えた先の小尾根上に赤布が掛かった涸沢岳西尾根冬季ルートの入口があるが気づく人は少ないだろう。ここから無雪期に蒲田富士に登ったのは10年以上前のことかな。その先は延々と右俣谷左岸のトラバース道が続き、チビ谷、滝谷を超える。今は好天でチビ谷は涸れていて滝谷も水量が少なく橋が無くても簡単に渡れるが、いったん雨が降るとすぐに増水する場所だ。そろそろ休憩しようかと考えつつ適した場所を探しながら進んでいると開けた南沢が登場、ここで休憩。たくさんの登山者が行き交う。もちろん登りの方が圧倒的に多いが下山の人も結構見かけた。

 休憩を終えて出発、槍平小屋まで近かった。ここは右俣谷の流れがすぐ横にあって平坦な場所。小屋の裏に広いテント場があるが今回は用事はないので素通り。いや、水を少し補給したか。

 なおも緩やかな登りが続く。途中、最後の水場があったがGPSの電池切れで位置は不明。どうやら前回の飯豊から下山後に充電を忘れてしまったようだ。予備電池は持っているが、登山道が無い千丈沢と硫黄岳往復に電池は取っておきたいのでそのままにした。やがて谷は右に曲がって正面に槍の肩を見上げながら登っていく。ほとんどの人はこのまま飛騨沢を詰めて肩の小屋に向かうが、私は千丈沢乗越に向かう少数派だ。分岐点には白い救急箱が設置されていて応急処置が可能。こんなのは初めて見た。さすがメジャーコースだ。

 左に分岐すると道は細くなるが明瞭。最初は左にトラバースするように緩やかに上がってから斜面に取り付きジグザグに高度を上げる。完全に森林限界を超えて低いハイマツと草で展望は抜群だ。草は既に紅葉が始まっている。

 急斜面を登り終わって稜線に達すると千丈沢乗越。いよいよここからが本番。ようやく硫黄岳の姿が見えるが、ここから見ると赤岳の荒々しい岩場と比較すると緑に覆われて穏やかそうに見えるが、東斜面は大きなガレが見えて、麓まで緑がつながっている個所は部分的にかなり細そうに見えるし、全体的にかなりの急傾斜。さて、本当に登れるだろうか? 南西方向からの冷たい風を尾根北側で避けながら休憩。気温が下がって長袖シャツにフリースを着た。

 さあ、千丈沢への下り。見える範囲は藪は無く問題なく下れそうだが硫黄岳の麓まで遠い。最初の区間だけは明瞭な踏跡があってその後を期待させたが、小さなケルンを見かけた後は踏跡は消えてしまい歩きやすい個所を適当につないで下っていく。河原のように石がゴロゴロした地帯で足元が不安定なのは六百山と同じだ。砂利のような小さな石よりも大きめの石の方が座りがよく安定しているので、そのような石が重なった場所や草が生えた場所を歩いた。2箇所で熊の糞あり。いても不思議はない場所だ。当然、千丈沢に入ってからは熊避けの鈴をつけて歩いている。

 沢が狭まって左に曲がる場所で傾斜が急になり、右岸側の岩稜を伝わって一段下ると傾斜が緩んで谷の幅が再び広くなった。谷の真中は深くえぐれて歩きにくそうで左岸側の草が生えた斜面を下っていたら雷鳥が飛び出した。全部で4羽、羽が少しだけ白く生え変わっていた。この辺は標高約2300m、ハイマツは見られないが雷鳥がいるんだな。谷には2箇所ほど溶け残りの雪渓があった。

 適当な場所で右岸側に乗り換えて本流の1本右側の支流を下っていくと1箇所で水が出ていた。ただしすぐに伏流化してしまい涸れ沢に戻ってしまう。やがて本流と合流、こちらもまだ水は無く涸れ沢だ。下流の方が沢が狭くなるが上流部より石が安定していて歩きやすくなった。

 やがて左から水のある沢が合流、ここが六ノ沢出合らしい(標高約2050m)。硫黄尾根から流されてきたと思われる赤茶けた花崗岩が多い。ここから下流は水の心配は無いが、今度は渡渉の心配をしなくてはならない。ここはまだまだ水量が少なく簡単に渡れるが、硫黄岳の麓に下るまでどれだけ増えるのか全く分からない。

 最初はルンルン気分で歩きやすい場所を求めて沢を左右に渡りながら下っていくが、標高1900m付近から徐々に水量が増えて登山靴のまま渡るのが難しくなってきた。場所を選べば渡れるが、今度は渡り返すのにまた場所を選ばなくてはならず、リスクがあるので左岸を歩きとおすことにした。沢の中をジャバジャバ歩けるように別の靴を用意してあるが、沢の深さは膝から腿程度と思うが流れがきつく、これまた場所を選ばないと渡るのが難しくなってきたこともあって、そちらの靴は使わなかった。滑りにくいゴム底の靴で重かったのに。

 ずっと左岸沿いを歩ければいいのだが、強い流れが左岸に接していて左岸が切り立ったり大きな岩だったりする場所は高巻きするしかない。そんな場所が3,4箇所あったが、1箇所を除いて50mくらいの短い距離を巻くだけで左岸縁が歩けない個所を巻き終わって再び沢に降りられたが、1箇所だけは200mくらいに渡って断続的に左岸を水が洗っていたり巨岩で歩けなかったりと、まとめて高巻きが必要だった。藪は笹が主体で濃い部分もあったが、まだ我慢の範囲だ。でもこの後の沢がどんな状態なのか不明だし、硫黄岳の登りはもっと不安で、高巻き藪漕ぎ最中に「撤退」の二文字が頭をよぎることもあった。ただし今から撤退と言ってももう幕営に入る時刻で、下界に出るのに明日丸1日が必要だ。とんでもない高巻きかとんでもない藪漕ぎが必要になったら潔く諦めるが、せっかくここまで来たのだからと自分を叱咤する。

 流れのすぐ横よりも本流に沿って支流が流れる場所の方が高巻きせずに済む確率が高そうで、最後はそんな場所を選んで歩いた。本流をへつるように進む場所もあったが、それほど危険はなし。へつりポイントを過ぎればもう高巻きは不要だった。

 硫黄岳から南東に落ちる大きな谷を越えれば目的地は近い。1705m標高点を通過して流れが左に曲がった先が尾根取り付き予定地点。周囲は同じような地形なのでGPSが無いと判断に苦しむところだ。ここまで滝は皆無で助かった。沢としては平易な分類に入るのだろう。  うまい具合に流れより数m高い場所に狭いながら砂地の平坦地を発見、ここなら千丈沢が増水して流れが今の10倍くらいに増えても水は達しないだろう。今日の天気ではそこまでの大雨の予報はなし、安心して過ごせる。目の前には北鎌尾根だがほぼ断崖絶壁で取り付くのは不可能、明日登る予定の硫黄岳側は樹林が深くて尾根の様子は全く見えなかった。

 千丈沢の水は少し硫黄臭がしたが人体に影響を与えるほどの濃度ではなかったようで、たっぷり飲んだが腹を壊すようなことはなかった。テントを設営し汗を拭って着替えて虫除けを塗布、標高が落ちたせいか虫が多い。つまみのカワハギを食しつつ軽く酒を飲んで寝た。さて、明日がいよいよ核心の日。成功するかどうか・・・・。夜中は意外に気温が高く、冬用シュラフでは暑いくらいでジッパー全開でちょうどいいくらいだった。

 翌朝、テント内は結露し、外の草花は夜露に濡れていた。これは最初から濡れた藪漕ぎか。既に外は白んでいるが月が出ているので晴れらしい。濡れた藪以外はアタック日よりだ。朝飯を食って装備を準備。この天候ならあまり寒くはないだろうと思ったが、いざというときのことを考えてダウンジャケットを持つことにした。これにゴアもあるので、いざとなったら1晩くらい過ごせるだろう。500ccの水に昼飯も持つ。ここから山頂まで標高差約860m、これが通常の山なら登り2時間、下り1時間強だがここは硫黄岳、所要時間は読めない。でも、遅くとも夕方までには下山できるだろう。もちろんヘッドライト+予備電池は持っていく。

 出発前にGPSの電源を入れると衛星が3つしか捕捉できず受信待ち状態。しばらく待ったが受信できないままだった。谷で上空の見える範囲が制限されていること、衛星の配置が良くなく上空の高い位置にあるのは3つだけでありNG。斜面を登って高度が上がれば空が開けて受信できるだろうと出発時のログ欠損は容認することにした。

 朝露で濡れた藪に備えて上下ともゴアを着てロングスパッツを付けて出発。ごく小さな流れを横切ってテント裏の斜面に取り付く。最初は笹藪だが上空を覆う樹林の影響か笹の葉が乾いているので途中でゴアを脱ぐ。最初からなかなかの傾斜だが思ったよりも笹が薄いのが助かる。明瞭な尾根ではなくダラっとした広い尾根で、できるだけ笹が薄くて歩き易そうな場所を選んでよじ登っていく。

 徐々に傾斜がきつくなり笹を掴んで強引に登るような斜度へ。笹の密度はそこそこと言っても足で笹の茎を踏むよう程度の密度はあり滑りやすいので、笹を掴んで支えにする必要がある。帰りの下りのことを考えるとここで握力を使い果たすわけにもいかず、できるだけ足の置き場所を選択し足の摩擦を最大限利用する。これならアイゼンでも持ってくれば良かったかもと思うほど。

 やがて「こんなところを登るの?」と恐怖を抱くような急斜面が登場、地形図で等高線が込み合い始める標高1800m付近だ。まともな神経でこれを直登する気は起きない。普通の藪山ならこの場面、左右どちらかに巻くのが私の流儀で、周囲を見ると左手の斜面の方がまだマシな傾斜だ。そこで左にトラバースし、浅い谷を越えて左隣の尾根に乗り移る。先ほどの尾根よりはやや傾斜が緩んだように見えるが、これまたかなりの傾斜だ。ただし尾根上の笹は今までより薄くなり樹林で歩きやすいのは助かった。この頃から尾根上にルートが限定され始めたので目印をつけ始めた。目印を使うのは久しぶりで、今回は青い紙テープ。紙テープは水に弱く数回の雨が降れば自然落下し、最後には土に返るやさしい素材だ。ただし藪が濡れていると使えないのが難点。新品一巻きを準備したが間に合うだろうか。予備には赤テープ2巻きがあるし、最終手段のGPSもある。高度が上がりGPSは無事受信していた。

 このままの傾斜で済めばいいが、この尾根も部分的にはロッククライミングの範疇ではないかと思うような超急傾斜区間が登場する。岩があるわけではないので危険度は低いのかもしれないが、この傾斜ではバランスを崩して滑ったら(こけたら)止まらないだろう。木は生えているが高密度ではなく、ぶつかって止まるまでに速度が出てしまうだろうから軽い怪我では済まないと思う。藪が思ったより薄いのは藪漕ぎも面では助かるが転落の面ではマイナスに働く。マジでビビる場面で何度も撤退しようかと思ったが、とにかく精神的に行けるところまでは行ってみようと決める。

 こうなったら掴める物は何でも利用してホールドスタンスを確保する。この点は岩場と違って樹林なので木の根が結構役立った。気分は山歩きではなくほとんどクライミング。完全に「4WD」の世界に突入だ。こうなると傾斜の緩さでルートを判断するよりも、手がかり足がかりが多い場所を選んだ方が安全だ。常識的に尾根直上が一番登りやすかった。下から見上げると「本当にここを登れるのか?」と感じる場所も、いざ突入すると意外にあっさり登れてしまった。その意味では木が生えた超急な尾根は技術ではなく度胸の問題だと思う。普通に3点確保ができれば問題ない。下りはもっと怖いかと登りながら考えたが、こんな状況が連続して登場すると感覚が麻痺してしまうようで、下りは恐怖感は皆無だった。

 標高1990m付近では尾根右手に明るく開けた笹原が登場、いいランドマークになった。北鎌尾根上ではヘリがホバリングしているのが見えたが遭難者がいたのだろうか。さらに登ると標高2030m付近で矮小な潅木藪に突入し小さな肩に突き上げる。登りでは何でもない場所だったが、下りでは登りで使ったよりも明瞭な微小尾根が左にも分岐して迷いに迷った。低い潅木藪で先が全く見えず地形が把握できなかったこと、テープを残す密度が低すぎたのが原因だ。最終手段でGPSで乗り切ったが危ない場面だった。ただ、その登りで使わなかった尾根が絶対使えない地形かどうかは不明。もしかしたらそっちの方が歩きやすい可能性さえある。

 やがて左手斜面の樹林が開ける。地形図のガレマークの上に達したらしい。視界も開けて北鎌尾根がよく見える。肉眼ではわからなかったが槍の穂先には人の姿が映っていた。3連休の二日の好天の朝方だから槍は大賑わいだろう。それに対して硫黄岳周辺にいる人間は私一人に違いないだろうと当たり前に考えたが、下山後の新聞報道で、まさにこの日に硫黄尾根付近で登山中に気を失った金沢市の女性がいて、同行者が小屋まで引き返して通報、翌日午前中にヘリで収容されたらしい。「硫黄尾根付近」というのが微妙な表現で実際にどこを歩いていたのか分からないが(私はまさに硫黄尾根「付近」だったが)、本当に硫黄尾根だったらえらいことだ。並大抵のパーティーではない。これとは別にこのときに北鎌尾根上空をホバリングするヘリがいたが、遭難者が出たようだ。

 ガレは尾根直上を侵食するまでは至らず安全に進むことができた。ここは地形図でも傾斜が緩いのが見て取れるがその通りで、安心して歩ける場所だった。2箇所ほど開けた小鞍部があり、最初のは草付きで気持ちのいい場所、次は地面が出た狭い場所だった。この付近からは植生がシラビソから唐松に変わる。

 目印を残しながらなおも登っていくと標高2350m付近でいよいよハイマツがお出まし。これも想定の範囲内。ハイマツ漕ぎの高低差200mは疲れそうだが逃げ場はない。しかもこの高度だとまだ高さが低いので最後まで立ったハイマツの可能性が。背丈を少し超えるハイマツ中を進むのも疲れる。先にギブアップしたのは腕で、ハイマツを押し分けるのに力を使うのでしょうがない。翌日からは筋肉痛。次は足。ハイマツの枝を越えるのに足を高く上げなければならず、お尻の筋肉が猛烈に疲れた。少し進むと再び猛烈な急斜面が始まるが、逆にハイマツの高さが低くなって胸くらいの高さになって格段に藪漕ぎが容易になった。何よりも視界良好になったのがうれしい。でも念のため目印は残す。この頃には紙テープは使い果たし赤テープの出番となった。

 ハイマツの超急斜面を登りきると傾斜が緩んで尾根らしく地形が狭まるが、同時にハイマツの背が高くなって藪漕ぎは地獄になる。短い尾根を登るとようやく2460m肩に到着、ここは硫黄尾根冬ルートの合流点だ。踏跡くらいあるかと思ったがハイマツの中にはそれがなく、草付きの部分にはあった。たぶんハイマツ区間は雪に埋もれているのだろう。少し藪漕ぎが楽になるかと思ったがそうでもなかった。

 痩せた緩い尾根を西に進んで最後の急登。北斜面が草付きで藪漕ぎを回避できるが、滑り落ちれば地獄の底まで転落してしまうので悩む場所だ。安全そうな下部は草付きを登ったが上部はハイマツに潜った。どうも草つ付き区間は獣道が続いているようだった。

 最後のハイマツ漕ぎでとうとう広い平坦部に飛び出し硫黄岳山頂に到着! 地形図で確認するとまさに今いる場所に三角点があるはずだ。山頂部は低いハイマツと低い笹の中に南北に一直線に踏跡が伸びていた。ぱっと見た感じでは簡単に三角点が見つかりそうだったがどこにも見当たらない。ハイマツの中かと探したが見当たらず。GPSを動員して目標地点から10mの範囲であちこち探していたら、踏跡とハイマツの海の境界線に三角点を発見! ハイマツの下に隠れているので見つからなかったのだった。これで大満足。三角点は無雪期でないと見られないだろうと思う。三角点のすぐ近くのハイマツに赤テープを残したが、残雪期は雪の下だろう。

 当たり前だが周囲の展望は360度。ただし硫黄岳は周囲の山と比較して明らかに低く、まるで盆地の中から眺めるようなもの。盆地の縁の山は見えるが遠くの山は見えない。千丈沢を挟んで立ち上がる北鎌尾根と槍ヶ岳が最も目立つ存在。残念ながら硫黄尾根の続きにある赤岳は、三角点のある場所からだと南側の肩が邪魔して見えない。肩の上に行ってみようかと思ったが、そこに至る踏跡はすぐに立ったハイマツの海に消えてしまい激藪状態。たぶんそこは残雪期は雪に覆われた場所なのだろう。とても往復する気になれず諦めた。西から北側には双六、三俣蓮華、鷲羽岳、水晶岳、野口五郎岳と続く。船窪岳などの低くなった向こう側には後立山。

 山頂ではひっくり返って休憩したが、天気が良すぎて日差しが暑かった! 藪漕ぎを考慮して麦藁帽子を持ってこなかったので顔も暑い。おまけに今日は風が弱く、地面付近はハイマツで風が遮られてさらに暑かった。

 1時間ほどの休憩で下山開始。ある意味、登りより下りの方が危険度が高い。特に今回の場合、あまりの急傾斜の微小尾根で尾根が尾根らしく見えず、尾根分岐で間違える確率は非常に高い。これは南アの嫦娥岳でも経験済み。目印を残したが高密度とは言えず、最後は登りで記録したGPSのログが頼り。初めてGPSの画面を軌跡モードに切り替えて下山開始だ。ちなみに私のGPSは地図表示はできないので、まっさらな画面上に往路の軌跡が点線が表示されるだけ。でもこれだけでも強力な武器となり私を助けてくれた。おまけに腕時計のように腕に巻けるベルトがデフォルトで付いているので、右腕に装着。藪漕ぎ動作している間はGPSが上を向くのでまことに藪漕ぎ向きだ。

 出だしから北に向かう太い尾根に引き込まれそうになり東に進路を振る。できるだけ草付きを使って距離を稼いでからハイマツに突入、傾斜が緩い場所は登りと変わらぬ苦労だった。標高2500mの小さな肩でこれまた迷うがGPSの軌跡のおかげでまだ直進、これまた立ったハイマツの緩く痩せた尾根を進んで露岩ピーク手前が硫黄尾根との分岐点で自分が残したテープがあった。これを見つけるまでに分岐点はどこかとかなり探したので、テープを残しておいて本当によかった。

 ここからまだしばらくハイマツ漕ぎの連続だが、往路で分かっているように急斜面区間に突入すると急に歩きやすくなってはかどる。往路ではたまに後ろを振り返りながら登ったので着地する尾根がどこか分かっているのも心強い。やっとハイマツ区間を抜けて唐松の尾根に変われば藪は劇的に歩きやすくなってスピードアップだが、ルートミスしやすいのはこの先だ。適度な間隔で紙テープが現れてくれてこれまた心強い。

 基本的にしばらくはガレの縁を歩くのでその間はルートがわかりやすいが、ガレとおさらばしてからが問題だった。往路では気づかないような小さな肩でことごとくルートが分からなくなった。標高が高いうちは木の高さが低く先の地形が見えないのが大きい。こんなときにいい場所に自分で付けた目印があればいいが、無い場合はGPSのお出ましだ。しかし標高2030mの微小肩ではGPSの誤差も手伝ってなかなか正しい尾根に乗れなかった。肩直下は偽の尾根以外はどこも尾根地形に見えない急斜面なので当然。登りでは超急傾斜が緩む個所には問答無用で目印を高密度で残さないとダメだと今ごろになって分かった。最終的にはGPSの手助けで目印が付いた木を発見、安心して先に進めた。

 この後は割と明瞭な尾根で周囲は笹原とか浅い谷なのでルートを外しにくくなった。往路で露岩を避けて尾根を乗り換えた場所も目印のおかげで簡単に判明、滑りやすい笹原横断で念のためロープを2ピッチ使ったが、笹を掴んでのクリアもできただろう。岩を回り込んで尾根に乗り、下部で露岩を右から迂回すればもう危険個所はないただの笹の急斜面だ。これ以下はどこも同じような傾斜なので往路とは違って尾根を下っていく。河原に接近すると笹から潅木に変わって明るい河原に到着。GPSのおかげでテント裏にドンピシャで飛び出した。

 下りでもハイマツ漕ぎで結構な疲労感があり、このままのんびり幕営してしまおうかとも考えたが、千丈沢の高巻きで藪漕ぎがあり朝から出発するとまだ藪が朝露で濡れた時間帯に突入することになり、藪が乾いた今のうちに高巻きがある区間はクリアしてしまった方が得策と判断、昼飯を食いつつシュラフとテントを虫干しし、大ザックを担いでお世話になった幕営地を出発。ここを訪れることは2度とないだろう。

 復路は沢の様子が分かっているので気は楽だ。本当に左岸縁を歩けないところだけ高巻き。硫黄岳直下のハイマツと比較すればここの笹藪など楽なものだ。最後の短い高巻きを終えればあとは沢沿いを歩けた記憶が。水量に注意しながら遡上していったが、概ね標高1900mを境に水量が増えて渡渉が困難になることが分かった。それより上流は自由に右岸左岸に渡り返せる水量となった。

 今夜の幕営場所は水が流れる最後の場所、六ノ沢出合と決めた。ただし幕営に適したゴツゴツしていない平坦地があるかが問題。こればかりは現場を確認しないとわからない。今日の天気予報は大気の不安定状態が解消しにわか雨の心配はなし。増水に対して警戒不要だ。

 六ノ沢出合に到着、千丈沢乗越方面は狭く涸れた沢で平坦地があるように思えないので本流方面を探索、うまい具合にちょうど合流点付近に巨大な岩があり下流側に砂が溜まったいい場所を発見。中州のような場所であるが本流は高さで1,2m低い場所を流れているので、多少水量が増えても水没の心配はなさそうだ。昨日よりも水量が少ないのでせせらぎの音が子守唄代わりになった。

 夕方になって午前中に続いてまたもや北鎌尾根上にヘリが登場、ホバリングしていたが人が降りてきて人を吊り上げていった。今度こそは遭難者救助に間違いなし。この連休中は槍穂周辺で何人も遭難者が出て3人くらい死亡したらしい。もし私が硫黄岳で遭難しても、落ち方にもよるがあの尾根ではたぶん見つからないだろうな。

 今日は昨日より標高が上がって寒くなるかと思いきや、逆に最低気温が上がって10度くらいもあって今夜も冬用シュラフでは暑かった。結局、ダウンジャケットも2日連続で出番なし。日没直後に外に出たら北鎌尾根上1箇所と槍の穂先にヘッドライトの光が見えた。あちらは谷底にいる私のライトの光に気付いただろうか。

 翌朝、空には月が出ているが笠を被った状態で薄雲が出ているようだ。天気予報は昨日より少し悪くなって曇り時々晴れ、しかし雨の心配はないとのこと。でも東の空は不気味に赤く染まっていて水面も真っ赤に。あまりいい兆候には思えなかった。上空の雲の高さは高く雨が降る気配はなしだが、晴れる気配も感じられなかった。少なくとも千丈沢乗越の登りの間は日差しが無い方が涼しくて助かるが。

 飯を食ってテントを畳んで出発。細い涸れ沢を遡上し続ける。沢が左に曲がると正面に千丈沢乗越が広がる。往路とは逆に谷の右岸側を歩いたが、そのまま登ると別の沢に引き込まれるので左岸側の方がよかったようだ。途中でガレガレの斜面を下って谷の真中に進路を移し、以降は歩きやすいところ適当に上がっていく。

 この谷も最後まで直進すると槍方面に行ってしまうので、目立たない分岐で右に入る。ここは急な場所で下るときに覚えていたのでまごつかなかった。最後は急な登りの連続で大ザックの重みが肩に食い込む。おまけに足場は石の重なりで不安定、まるでラッセルの踏み抜きのように(それよりはマシか)固い地面より体力を使うので、できるだけ安定した石に足を乗せるのがコツだ。既に稜線の登山者が目に映るようになるが、あちらは私に気づいていない様子。それも当然か。登山道がない谷を見下ろすよりも、これから歩く西鎌尾根の先に目が行くだろう。

 最後の最後で踏跡が登場して千丈沢乗越に到着。長かったバリエーションルートもここでおしまいで、この先は人の匂いがぷんぷんする安全エリアに入る。まだまだ駐車場まで先は長いが、精神的には楽になった。少々休憩したが、稜線上は冷たい南西の風が吹き上げて気温は3℃、谷底よりかなり寒く今回初めてダウンジャケットを着込んだ。ハイマツ藪漕ぎに使った手袋とズボンはえらくハイマツの青臭いヤニの匂いがきつく、家に帰って洗濯しても完全には抜けなかった。

 休憩しているうちに槍や稜線にガスがかかるようになり、かなり寒さを感じるようになる。休憩を終えて下山開始。飛騨沢に高度を落としていくと気温が上がって風が弱まり寒さも和らぐ。3連休最終日で下山方向の人が圧倒的に多いが、これから槍に向かう登山者の姿が少なからず見られる。さて、このガスが取れるといいのだが。

 飛騨沢ルートに乗ると一気に登山者が激増、中には疲労のためか怪しげな足取りの人も。こちらは荷物は重いが硫黄岳を成功して気分も足取も軽い。白出沢まで一気に歩いて休憩。ここまで下ると虫が多く、歩いている最中に脚を刺されて痒いが虫除けは持ってきても痒み止めまで持ってきていないので我慢。ザックを下ろして急いで濡れタオルで汗を拭って虫除けを塗布。仮設テントの下は満杯状態なので少し離れた場所にザックを転がして、その上に座って休憩。設置されたゴミ箱にゴミを捨てていく人も多いが、私は持ち帰り。どうせ大した重さではないしザックの奥底に沈めてあるし。

 白出沢から中尾までは車道歩きで休憩無しで一気に歩く。おっと、穂高平小屋からしばしの区間は林道ショートカットの登山道コース。往路ではほとんど人がいなかったが下山では数パーティーを見かけた。でも大多数は林道を歩いていた。

 白出沢より先は平坦な道が長いので汗をかかずに大助かり。汗をかかなければ虫除けが汗で流れることもないので効果が持続する。往路の林道歩きでは大多数の登山者に追い越されたが、帰りは私が追い越すことはあっても追い越されることはなく、流れに乗るような感じだった。

 新穂高温泉に到着すると、まだ路側駐車の列が残っていた。さすがにロープウェイ付近は少なかったが、左俣との分岐より下には断続的に長い列。そしてそれらの車には駐車違反の黄色いステッカーが貼られていた。やっぱりこうなるか。遠かったけど中尾から歩いて正解だった。樹林の隙間から見える無料駐車場はまだたくさんの車があったがポツリポツリと隙間も見られた。今度3連休に来る時は前の日に休みを取って乗り込まないとダメだな。いや、それよりも人が来ないエリアを選んだ方がいいか。この3連休はたぶんメジャーどころの登山口はどこもこんな状況だったと思う。

 舗装道路を歩いて中尾に到着。こちらは錫杖岳の岩屋さんの利用が多いと思うがまだ満杯状態。旧道橋の上の縦列駐車はほぼ解消していたが、残った車の窓ガラスには駐車違反の黄色いステッカーが。あれ、ここは駐車禁止ではないのでは?と心配になったが、ワイパーにA4の紙が挟んであり、それによるとトンネルの中と橋の上はどこも駐車禁止とのことであった。橋を渡って旧道の路側に縦列駐車している車には黄色いステッカーは貼られていなかった。よかったぁ。私は路側ではなく引っ込んだ駐車余地に止めているが、橋の上のステッカーでちょっと心配になっていたのだった。

 車に到着し、着替えながらテントとシュラフを虫干し。薄日が指す天候でテントは乾いてくれた。これから東京に帰るまでは長く、中尾で温泉に入って3日分の汗と藪を洗い落とした。温泉の湯が藪漕ぎでできた傷にしみた・・・。


まとめ。

 硫黄岳は今回のコースなら無雪期でも登頂可能であることが確認できた。千丈沢は滝は無く危険個所も無いが、左岸側で高巻き(藪漕ぎ)が必要=沢装備は不要。ルートは長いが増水していなければ安全性は高いと言える。

 硫黄岳東尾根は基本的に岩は無く、上部のハイマツ帯を除けば藪は深くないが、傾斜は猛烈で部分的にクライミングの範疇に入りそうな状態。樹林帯とはいえ転落すれば致命傷を負う場面もあるので注意が必要だ。心配な人はハーネスに10m程度の短めのザイルを用意し、立ち木を支点に確保しながら登るのもいいだろう。一部を除いて立ち木だけは豊富にある。超急な尾根は特別な技術は不要だが度胸だけは必要。岩屋さんにとっては普通の斜度かもしれないが、藪屋にとっては尋常ではない斜度。これにビビらず突っ込めるかが最大のポイントとなろう。

 少なくとも残雪期に硫黄尾根を登るよりは格段に安全性は高く、雪はやらないが藪はやり、硫黄岳にどうしても登りたい人には唯一のルートだと思う。このルートを切り開いた「森を訪ねて」の著者に敬意を表したい。

 ただし、時間的/労力的には残雪期の硫黄尾根往復の方が有利。今回のルートは往復の累積標高差は約3600mもあるし水平距離も長い。雪の技術と度胸がある人は素直に残雪期の硫黄尾根がいいだろう。

 

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